高木徹 「大仏破壊―ビンラディン、9・11へのプレリュード」

これはおもしろい!スケールが大きい、脚本の練られた映画的な魅力に加え、特定の(そして安易な)イデオロギーに囚われない著者の知性が快感ですらある。

ビンラディン、9・11へのプレリュード 大仏破壊 (文春文庫)

ビンラディン、9・11へのプレリュード 大仏破壊 (文春文庫)


2001年3月、アフガニスタンのバーミアン大仏がタリバン政権に爆破された事件を軸に、タリバンがどのように生まれ、ビンラディンアルカイダとの関わりの中でどのように変質していったかを、主に関係者のインタビューを通して描くノンフィクション。そしてこの事件は911のプレリュード(前奏曲)でもあった。

911、そしてそれに続くアフガン戦争への流れの中で、「タリバン」「ビンラディン」「アルカイダ」という単語は突然目の前に現れた覚えがある。それ以降、さも当たり前のようにその単語、およびその周辺のニュースが流され続けたが、結局その単語が何を意味するのか、当時の僕は何も分かっていなかった(おそらくニュースを伝えるキャスター、アナウンサーも同じだったと思う)。

この本を読み進める中で、それらの単語はいきなり生々しくその現実的な姿を現したのだった。外国の(極端にいえば別世界の、宇宙人の)、まったく感情移入できなかった事柄が、一気に現実感のある、自分と地続きの隣人の話として「わかる」ようになる驚きがこの本にはある。

それはこの本が、事件の関係者個々人、そしてその人間関係のダイナミクス(力関係、およびその時間軸上での変化)に焦点を当てているからだろう。行動レベルだけでなく、その動機にまで踏み込んだ記述に、読者は、登場人物を「普通の人間」として腹落ちさせることができる。

全体を通して偏ったイデオロギー色がなく、丹念な裏付けを重ねる実証的、合理的な取材スタンスにも信頼が置ける。また情報収集が容易でなく、政治・歴史背景が複雑なテーマであるにもかかわらず、文章、構成は丁寧に整理されており、むしろ平易な内容に感じるほどである。

著者はNHKにディレクターとして勤務しており、本書もNHKでドキュメンタリーとして放送された番組の取材が元となっている。その立場ゆえの作家としての優位性を批判することもできるだろう。作者は以下のような発言をしている。

「組織と個人」の問題は今の私にはついてまわる。しかし、それにとらわれている余裕は、もう今という時代にはない。環境と機会を徹底的に活用しないことこそ罪である。よい作品を作る。二つの道で、私はこれからもそれを続けようと思う(本書解説より)

僕は、これを受け手視点の潔い態度だと思うし、ますます信用できると感じたのだった。

2005年度大宅壮一ノンフィクション賞を受賞。文庫版にはその後のアフガニスタンについてのインタビュー、関川夏央の解説つき。

参考として著者インタビューを。

<著者に聞く>大仏破壊は911前奏曲だった
http://www.bunshun.co.jp/jicho/daibutsu/daibutsu.htm


ちなみに前作の、ボスニア紛争の裏側で情報戦に奔走したアメリカPR企業を描いた「ドキュメント 戦争広告代理店」も相当面白い。こちらもお薦め。